★今日は何の日?

 今日は言わずと知れた「七夕」です。
 小さい頃に仰いだ夜空は今と違って視界も広々とし、満天にはたくさんの星がきらめいていました。天の川が宇宙の神秘を秘めて横たわっていて、牽牛星織女星の伝説もさぞやと思われました。
 いまはそんな伝説を彷彿とさせるような夜空のお膳立てが成り立たなくなっています。本来の夜空に戻すことが望まれます。
 7月7日といえば、決して忘れることなく後世に伝えなければならない歴史があったことを、しっかりと記憶に止めておかなければならい日でもあります。
 先の戦争で、戦局が次第にわが国の劣勢が目立つ中、大本営は本土防衛のための防波堤として、マリアナ諸島を「絶対防衛圏」と定めたのでした。米軍はマリアナ作戦を最優先先として攻撃を仕掛けてきたのでした。
 1944年6月15日、米軍は圧倒的な軍事力で空と海からサイパン島を攻撃し、4万3千余の日本軍は、4倍もの米軍の兵力に苦闘します。6月24日、大本営は奪回は不可能とサイパン島の放棄を決めた上で、最後まで抗戦して「玉砕」するように命じました。そして最後の総攻撃を行って組織的な戦闘は終わるのです。
 4万を超える日本軍が自決を含めて戦死し、日本の統治下におかれていた先住民のチャモロ人やカナカ人、本土や沖縄から移住して農工業生産に従事していた2万余の日本人、2千余の朝鮮人などの民間人が巻き込まれました。住民を巻き込んでの最初の地上戦でした。
 日本軍と行動をともにして、追い詰められた住民たちはマッピ岬(バンザイ岬)から身を投じて一万余の民間人が犠牲となった日でもあるのです。だから、この日のあったあの戦争のことは、忘れてはなりません。
 戦争に協力したとして責任を問われた画家の藤田嗣治が、このサイパン島で玉砕の日のことを「サイパン島の在留邦人玉砕の図」という作品にして描き残しています。本来は、戦意高揚のために動員されて描かされたのでしょうけれど、徹底したリアリズムの藤田嗣治の筆は、本人の意図がどうであれ、戦争の悲惨さを十分に描き出す結果となっているといえましょう。(戦争と美術については、また記す機会があると思います)
*この項、歴史教育者協議会編「いのちと平和を学ぶ 今日は何の日366日」(教育資料出版会)を参照しました。
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