★『 冷たい春雨 』


 
会場にはいないという
この日を選んで
流れた永い時間を押し戻すように
重い画廊のドアを開けて
戻した時間の先にいるはずの
わたしが知る若者の
画家への転身を見届けるために
余命八ヶ月といわれた身の上で
並んだ水彩画の前に立っています
外は三月だというのに
冷たい雨が降っています


細密で端正な作品群は
遠くなった日々の
ストイックだった若者の面影を
瑞々しく漂わせているようで
わたしが知らないまま
流れた時間の重さを量り損ねています
学業を放棄してまで青年運動に
身を投じた若者に
世の中そんなに甘くはないと
背を向けたわたしは
いま病魔と格闘中


 原発ゼロの集会に行って 
 あと会議があるとのことで
 今日は会場にはこらrません
と画廊の人の話
世の中そんなに甘くはないままに
あれから随分の時が流れました
備えてあった画歴で
厳しい道をたどって
画家になった由が伺えました
でも
わたしの知る若者のままであり続けて
今日を迎えているのですね


街は夕明かりの中に沈んでゆきます
雨音が寂しげにしみこみます
広げた傘の中のわたしは
残されたこれからのわたしの時間を
しっかり転身した画家の
拝見した水彩画を思い出して
ひとつひとつ埋めながら
来るべき日を迎える
心積もりができそうです
画廊の芳名録には署名せず
帰路につきます
冷たい雨が降り続けています
冷たい春雨です






この詩は、季刊誌「大阪革新懇」5号に寄稿した詩です。寄稿したのち、題名も含めてほんの少し改作する必要を感じ、訂正して原稿差し替えを申し出ましたが、すでに印刷ができあがっており、前のまま掲載されることとなりました。ここに、改作分を掲載させていただくことを了解していただきました。悪しからず