★座席を譲られる

 今夜、美術家仲間の会合があり、大阪市内へと往復した。帰りの京阪電車に乗ってから最初に止まった駅で、わたしの立っている斜め前の座席が空いた。その前に立っていた中年の女性が、わたしにどうぞお座りくださいという仕種をして座ることをすすめてくださった。わたしは一度は、あなたが近いのだからどうぞお構いなくあなたがお座りなさいという仕種で返した。にっこり笑顔の女性は、さらに座ることをすすめた下さったので、この際遠慮せずに座らせてもらうことにした。わたしは誰が見てもそんないい歳の爺さんなんだ、と座ってちらり女性を見上げながら思った。素敵な黒い帽子を被った活動的な女性とお見受けした。降りる駅に着いたのでわたしは立ち上がったが、件の女性はまだ先まで乗車であるらしいので、お礼をいって下車した。振り返ると、彼の女性がそのあと座られるところだった。
 いま頃は、どこの交通機関でも座席の一部に優先座席なるものが設えてあり、いかにも弱者保護の精神に則っているかのようだが、かつては誰に言われなくとも、みんなが全席優先座席であることが当然と認識していた時代があった。いつの頃からか、いまのようなことになってしまったのだろう、交通機関の所為ばかりではないが。しかも優先座席に若者(と一括りにしていうと語弊があるが)がのうのうと座っているのを見かけることがしばしばある。
 このようなちょっとした理不尽な積み重なりが、今の世の中を少しずつ変にしてしまっていて、今日に至っているのではないだろうか。いや、世の中変になったから、そうなってしまったのだともいなくもない。兎にも角にもそんなこんなの集積の結果で、一日に一度は大の男が揃って、「申し訳でありませんでした」と頭を下げている光景が、テレビに映しだされるのを目にすることにも繋がってゆくんだと思う。”よッ!?お前もか”といいたくもなる。まったく困ったご時勢である。そんなことを止め処もなく思いながら、雨脚の強まる中を駅から帰路について、件の女性はどの駅で降りられたのだろうかとふと思ってみた。