★思い出の夏は終わらない


アイスキャンデーのおじさんの売り声と
自転車のブレーキを効かせた軋む音が
昼寝でまどろんでいた部屋を
涼しい北風に乗って通り抜けていき
わたしのまどろみは破られて
見ていた心地良い夢も中断されてしまった
足下ではオハグロトンボが畳の縁に留まって
羽を休めて刻を数えていた


眠気がさめて気が付けば
表が騒がしいので様子を伺ってみると
出征した向かいの上の兄ちゃんの戦死した公報が届けられて
小母さんが嗚咽で声を詰まらせながら
近所の小母さんたちに哀訴していたのっだった
母さんも一緒に涙していた


下の兄ちゃんは昨冬
すでに南の島で戦死したとの公報が届いていた
兄ちゃんはハーモニカが上手だった
東海林太郎が得意だった
上の兄ちゃんは独学で習得のローマ字を教えてくれていた
Inoue Keisiと地面に釘で書いてみせてくれたのを思い出す
夏の夕方縁台で将棋の相手をしてくれた兄ちゃんたちはよく笑っていた
わたしは昼寝をしていたのが悪かったような気がした
夕食の膳を囲みながら母が
兄ちゃんたちの幼かった頃の思い出を話して聞かせてくれた
上の兄ちゃんも南の島で戦死したとのことだった
兄ちゃんはやっぱり戦死してしまったんだなと思った
わたしは兄ちゃんたちへの気持ちの持っていく場がなく
その日の夕食はいつもより早めに食べ終えた
蚊帳の中で二人の兄ちゃんのあれこれ一つひとつ思い出していた
悲しいというのでは表しようがない気持ちだった
どんな致命傷をうけて戦死したのだろうか
引きつった兄ちゃんたちの顔が消えては現れ
何時までも思い出と重なって寝付かれなかった


兄ちゃんたちは今も二十歳そこそこのまま
南の島でふるさとの夏を思い出しているだろうか
向かいの圭ちゃんとの縁台将棋したことを
どんな想いで噛みしめているのだろうか
もう一度二人の兄ちゃんと縁台将棋をしながら
東海林太郎を聴いて
ローマ字に花を咲かせて
そうしなければ
わたしの夏は本当に終わたことにはならない
いまふるさと日本は猛暑のさなかですoo
______________________________
★★★★★ わたしのお薦め

初めて人を殺す―老日本兵の戦争論 (岩波現代文庫)

初めて人を殺す―老日本兵の戦争論 (岩波現代文庫)

八十歳の戦争論

八十歳の戦争論

______________________________
Amazonからの情報